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私について

初めまして、まつもとデザイン事務所の松本聡です。

私のこれまでの経歴とホームページ制作への想いを書いています。
ぜひ一読いただければ幸いです。


生まれは京都ですが、小学校3年生の時、親の仕事の都合で愛媛県新居浜市へ移住、
そこで高校卒業までに育ちました。

当時は特に何も取り柄のない少年でしたが、
なぜか社会だけは得意で、特に歴史が好きでした。

その関係で、京都の大学の文学部史学科に進学し、西洋史を専攻しました。
またサークルはなにか楽器を演奏したいと思い、無謀にもオーケストラに入団しました。
最初、楽譜も読めなかったこともあり、大変苦労しましたが、なんとかくらいついていきました。

就職は当初、人の役に立つ仕事をしたい、また歴史学の知見を活かしたいと思い、
中学・高校の社会科の教員を目指していました。
 
しかし、現役の時に教員試験に不合格で、
就職留年してもう一度チャレンジするか、潔く民間企業に就職するか悩みましたが、
結果的には、全く畑違いのIT企業のSEとして、上京して就職しました。

IT業務での仕事


東京でのITの業務は初めは汎用機(大型コンピューター)関連の開発・保守の仕事を
していましたが、業界的にコンピューターのダウンサイジングの波が押し寄せ、
それに伴うクライアント・サーバーシステムやPC系の設計・開発がメインになりました。

このことは使用する言語が異なるなど、かなりのスキルチェンジをともなうもので、
かなり苦労しました。

しかし、このスキルチェンジを乗り越えたことが、
ホームページ制作で必要なスキルを身に着ける上で役に立っています。

東京で7年ほど働いたあと、子供の教育を考え、
郷里である愛媛県松山市にUターンしました。

仕事は地元企業のIT子会社で、親会社のシステムのオフコンからPCへの移行、
COBOLからJAVAへの移行、また事務集中化システムの設計・開発・運用保守などに携わってきました。
そこで、親会社の意向を汲み取り、システムに反映させた経験、
また、親会社の関連部署との調整の経験はホームページ制作に役立っています。

WEB制作フリーランスへの道のり


ところが、勤務していたシステム会社が親会社に吸収され、  
新たな配属先は IT業務以外の仕事で、自分の経験やスキルが
全く生かせない仕事となりました。

そのような状況で、この会社で65歳まで働くイメージがわかず、
これからどうするかを真剣に考えた結果、会社に依存せず、
自分のこれまでの経験やスキルを生かして、自分の納得のいく仕事をしたい、
という思いが強くなり、以下の3点でWEB制作フリーランスとして独立するに至りました。
①今まで培ってきたIT企業での経験やPCのスキルが生かせる仕事であること。
②個人で独立して納得のいく仕事ができること。
③愛媛県松山市という地方都市でもニーズがあり、
また 松山市の発展に少しでも寄与できる仕事であること。

今後の抱負

当初はホームページ制作会社からの仕事を請負っていました。
しかし、最近ではホームページの企画から構築まで一貫して行いたい、
またお客様により近い立場でお客様の事業の発展に直接貢献したいという想いから、
直接お客様から依頼される仕事をしたいと考えました。

そこで、お客様の経営上の悩みや問題に対する知見を深めたいと思い、
愛媛県中小企業家同友会に入会させていただきました。
例えば集客の悩みや人材不足・後継者問題といった、経営上の悩みを共有することで、
お客様に寄り添ったよりよい提案や制作ができる、
ホームページ制作者を目指していきたいと思います。

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